けいどろゲーム

けいどろゲーム。

そういう名前のボードゲームが家にあった。

 

警察(けい)と 泥棒(どろ)。

警察役が、どこかの家に宝物の指輪を隠す。

泥棒役は、指輪がどの家にあるのかを探す。

短く言うと、そんなゲーム。

 

けいどろゲームを自宅で家族としたときのこと。

わたしは8歳くらいだったろうか。

 

ゲームの途中、トイレに行きたくなった。

ちょっとトイレに行ってくる、と言って、

床にぺたんと座った状態から立ち上がった。

 

「なにやってんだコラぁ!」

と、父親が怒鳴った。

 

わたしは何が起こったのかわからなくて直立のまま固まった。

 

ひとたび怒鳴りのスイッチが入ると止まらない父親

「お前みたいなヤツが卑怯というんだ!」

「狡賢くて最低!」

「狡猾!」

「悪知恵を働かせて!」

「トイレに行きたいなんて嘘までついて勝ちたいのか!」

「ズル」「嘘つきは本当の泥棒」「泥棒のはじまり」

「聞いてるのか、泥棒!」

 

矢継ぎ早な怒声。

 

嘘?

ズル?

卑怯?

 

それでようやく思い至って、床を見ると、

ボード上で、家が転がっていて、宝の指輪が見えていた。

 

わたしはただ、トイレに行きたくて、立ちあがった。

立ちあがるときに、床に手をついたらしかった。

そのときに家が転がった。

そして、そこにたまたま指輪があった。

 

わざとじゃない。

ズルじゃない。

そんなことで勝ちになるとか意味が解らない。

 

とにかく、わたしはトイレに行きたい。

 

「ズルがバレたからトイレに逃げるのか!」

 

いつもながら意味が解らない。

父親は自分の気が済むまで怒鳴ることをいつも止めない。

 

また始まったか、というように、

母親もきょうだいも、父親とわたしから視線をそらして無表情。

 

結局、わたしは絶え間ない父親の怒声から逃げられずに直立のままオシッコを漏らした。

 

それに気づいて父親が言ったのは、

「ほら、そうやって、自分のついた嘘を本当にするために漏らす!」

 

***

遠い後に、テレビのニュースで聞いたのは、

「学校でトイレに行かせないのは体罰

 

???

わたし、自分の家で、自由にトイレに行けなかったよ?

 

このゲームのことが8歳の出来事だとしたら、

「あなたの家は虐待家庭でした」

と医師から教わるまで、あと19年。